気高きジョウルの膨らみ

去勢された牡猫の睾丸へ捧げる鎮魂歌

クアラルンプールのスティーヴィー・ワンダー

Vocatus atque non vocatus, Deus aderit.
'90年頃の東南アジアや南アジアは、まだ貧しくてあちこちに物乞いがいた。カルカッタでは国際的なイベントがあるたびに、乞食達がトラックに乗せられてデカン高原に捨てられたという噂が幾度となく流れたりした。
Sri Mahamariamman Temple in Kuala Lumpur

 

街路樹の根元に穴を掘って、そこに頭を突っ込んで土を埋め戻し、逆立ちをしながら喜捨を乞うパフォーマー。まだ、小さな幼女が右手で食べ物を口に運ぶジェスチャーをして空腹をアピールしながら、ず~と後を付いてくる。もう、本当にしつこい。根負けして小銭を渡すと、金額が少ないのか、あからさまに不満そうな様子を見せる。かなわない(笑)。中には同情を集めるために、故意に四肢の内どれかを欠損させる者もいると聞く。赤ん坊をレンタルする業者がいて、女の乞食はレンタルした赤ん坊を抱きかかえて物乞いをする。その方が同情心を買いやすいと言うことらしい。
 
実は、僕は見たことがある。さっきまで物乞いをしていた男が、物陰で集まった硬貨を積み上げながら数えているところを…。ちょっと意外に思うほど稼いでいた。もはや立派にビジネスとして成立している。

持つ者が持たざる者に分け与える。分け与えることによって、徳を積み来世へのステータスが上昇する。与えられる者は与える者に徳を積む機会を提供しているのだから、施しを受けるのは当然のことで感謝する必要など無い、と言うことらしい。

ここまでの話で職にあぶれても、いざとなったら乞食をすれば食っていけそうだが、必ずしもそうとは限らないようだ。

髪を乱し破れた腰巻きから性器が見え隠れする汚らしい男が道端に捨てられていたディスポーザブルの葉っぱでできた皿を拾って、残っていた僅かなカレーを舐めていた。これはさすがに珍しいと思った。もしかしたら、精神を病んでいたのかも知れない。

曼谷の中華街で日本でいう油そばを出す屋台があった。泰国の屋台料理はおしなべて一品のボリュームがやや少ない傾向にあり、食べ終わっても満腹感が感じられないことがままある。しかし、ここの油そばは違った。一般的な麺料理の倍近いボリュームがあって、僕はよく食べに通っていた。そんな僕を知り合いのタイ人はあそこはバーミー・コンチョン(貧乏人の麺料理)って言うんだぞw、と馬鹿にしていた。

僕が食事している向こうで、貧相な男が数人、うつろな顔をして突っ立っていることがあった。客が食べ終わって席を立つと、いそいそと、そのテーブルに近づいていき、先客が食べていたどんぶりの中を覗き込む。食べ残しがあれば、その場で急いで口の中に掻き込むのだ。一般的な麺料理の倍近いボリュームがあるので、食べ残す人も多いのだろう。

客の食べ残しがどんぶりに無いときはどうするか?というと、残飯を捨て溜め置くドラム缶があって、彼らはそこから食料を調達していた。

一品で満腹感を得られるからバーミー・コンチョンなのではなくて、食うに困った本当の意味での貧乏人が残飯を求めて寄ってくるからバーミー・コンチョンと呼ばれていたのかも知れない。

クアラルンプールをジャラン・ジャランしていたときに盲人音楽家によるストリート・パフォーマンスに出くわした。リズムボックスのビートに合わせてシンセサイザーを演奏しながらソウルフルに歌っていたのだが、あまりにもその演奏が印象に残ってしまい、せめてその曲のカセットテープを手に入れたいと、あちこち探し回ることになった。

異国の言葉で歌われている曲を曲名も演奏者もわからないままに探すにあたって、どうするかというと、カセットテープ屋を回って店員の前で、こんな曲ある?と自分で歌ってみせるしかないわなw。クアラルンプールで何件かのカセットテープ屋を回ったが収穫は無し。きっと音痴の所為。ジャカルタに移動してからも探して、ようやっと見つけた。サーチというインドネシアのアーティストで曲名はイザベラ。それが今やYouTubeで見れるんだから便利な世の中になったものだ。
 

SEARCH - Isabella (original song)

 
自らの身体の障害をアピールして喜捨を乞うのが、一つのパフォーマンスなのだとしたら、盲人音楽家によるストリート・パフォーマンスの存在をも是非知ってもらいたい。障害を哀れんでいるのではない。そのパフォーマンスは健常者のパフォーマーには無い心に響く何かがある。癖が強いというか、灰汁があるといおうか、嵌まればたまらなく魅力的だし、合わなければ耳障りでしかない紙一重のスリリングさ。

以下のYouTubeのリンクに飛んで、リストの中から適当なものを選んで再生してみて欲しい。そうすれば、きっとわかってもらえると思う。